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プラチナ!

イライザが「お土産!」と言って、大きな包みを抱えて来ました。

中身は…



プラチナディスク!!!
ファミリー宛になっています。




おめでとう、そしてありがとう!


Maoko Imai

ケイト [観劇]

Gross Und Klein.jpg

世の中には多くの有名なケイト(ウィンスレット? モス?)がいますが、私にとってのケイトはいつでもブランシェット。

そのケイトがロンドンの舞台に立つと知ったのは、舞台が始まる数日前でした。以前は子育てが忙しかったり、完売だったりで見逃していた彼女の舞台、今度こそはとチケットを取るために急いでパソコンに向かうと、演目のせいでしょうか、まだ席がある!
とは言っても、後ろか前の席のみ。普段は全体を観られる後方を選ぶのですが、自分でも意外なほどのミーハーな心が働いて、可能なかぎり前の席を探してクリックしてしまいました…B列の真ん中…ケイトの表情が見られる距離…

と、ルンルン一人で劇場へ行ってみると、なんとA列は取り払われており、B列は最前列。しかも本当にド真ん中!

暗転からパッと照明がつくと、2メートル前にケイトが座っていた!!!

でも、ミーハーな気持ちはそれまで。あっという間に引き込まれていきました。

ボート・シュトラウスはドイツの劇作家です。70年代から活躍し、その作品は英語にも翻訳されてイギリスでも上演されていたのですが、その後は根付くことが無く、若い世代には馴染みが薄い…私も知りませんでした。
今回の『Big and Small』が書かれたのは78年です。戦後、60年代の闘争を経た”西”ドイツという状況は、壁が崩壊して20年以上が経った今には当てはまらない、でも現代という大きな括りでは何となく共感が持てるかなぁ…

と思いたいのですが、正直言って本がどこまで説得力があるのか分からなかった、それほどまでにケイトの存在が全てのような舞台だったのです。

冒頭の20分間の独白から幕が閉じるまで、ほぼ舞台に出ずっぱりの彼女に釘付け状態。それは、技術をひけらかす演技ではなく、感情を剥き出しにする演技でもない、彼女が感じていることを感じることが出来る演技(勿論、それには技術が必要で、感情を剥き出すこともあるのですが)、わたしが演劇に求めるものそのものでした。

本同様、演出や舞台装置に関しても疑問は残ったのですが、時間が経って振り返ると(好みではなくても)あの無機質な感じは作品に合っていたのかもしれない、と思うような…でも何はともあれケイトの存在でしょう、と結局そこに戻って来てしまうのでした。

彼女が食べ散らかして足元に転がって来たピーナッツ、ピーナッツがあんなに神聖に見えたのは初めて。拾いたい、拾いたい、拾いたい、という気持ちを理性が止めました。つまらない理性を持っています。

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『巨匠とマルガリータ』そして『マチルダ』

観てきました、『巨匠とマルガリータ』。
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好きな小説が舞台化されると、大抵の人は二の足を踏むことが多いと思います。私もその一人。しかも『巨匠とマルガリータ』は「大」がつくほど好きな小説、あのシュールリアルな長編をどうやって?! いつもだったら、イメージを壊されるのを恐れるあまり、観たくなかったに違いありません。

でも、果敢に立ち向かうのはサイモン・マクバーニー率いるシアター・コンプリシテ。日本では『エレファント・バニッシュ』や『春琴』でご存じの方もいらっしゃると思います。この二作品も好きでしたが、『A Disappearing Number』という作品に心底感銘を受けた私は、彼がやるのなら、と早々とチケットを取り心待ちにしていました。(取っておいて良かった、その後あっという間にSold Out、当日のキャンセル待ちも長蛇の列でした。)

素晴らしかった! 忘れていた部分が甦ってくるばかりか、自分の理解以上の何かが更に押し寄せてくる…『A Disappearing Number』と同様、一見複雑なプロットを、その構築、ヴィジュアル効果と役者が明瞭にして見せてくれる!

たまたま読んだ我が家の新聞の批評家は(私の隣に座った男性二人も言っていましたが)、面白い、でも Too Much という言い方をしていました。確かに、そういう見方も出来るでしょう。
でも、そういう話ではありませんか! とにかく私の小説に対するイメージは全く壊れませんでした。
同じ舞台を観ても、イメージを壊される人、壊されない人がいる、もうこれは相性としか言いようがありません。

興奮覚めやらず、また小説を読み返しています。


そして二日後、子供たちを連れて待望の『マチルダ』鑑賞へ。
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評判があまりに良いので、今度は期待が大きすぎて裏切られるのではと(これもよくある話です、期待しないで行ったから満足して帰ったりもしますしね)、不安もありましたが、こちらも感動! ロアルド・ダールの世界観を見事に舞台化していました。子供たちのパフォーマンスの素晴らしさときたら、もう…言葉にならない。マチルダ〜。

子供が素晴らしいと、大人のわざとらしい、やりすぎパフォーマンスが目立ちます…それが少し気になる人がいましたが…そんなの大したこと無い、と言えるほど素敵な舞台でした。我が子たちも夢中になって観ていました。

本や音楽の構成も良かった上、演出の語り口、装置や振付のアイディアも楽しいの一言。ブランコとスクーターが特に好き。

この日には、客席で夫の弟一家に遭遇するというサプライズつきでした、なんという偶然!


広く知られた原作が存在するということ以外まるで違う世界の話でしたが、『巨匠とマルガリータ』も『マチルダ』も、ともに舞台上での想像力、創造力を最大限に生かしていて、ああ舞台で出来ないことなど無いのだ、と改めて気付かせてもらいました。




洗車 [生活]

久々に洗車しました。

とは言っても、自分で、ではありません。
路駐が多い(車庫証明無しで車が買える)ロンドンでは、自分で車を洗う人は滅多に見ません。お値段も手頃なので、殆どの人が頼んでやってもらうようです。

マメな人は頻繁に頼んで、いつもピカピカ。

私は「汚い道路を走っていれば、すぐ汚れる」という考えが頭の中に住みついちゃっていて…どうもサボりがち。

洗車専門の場所もありますが、私はいつも大型ショッピングセンターの駐車場でやって頂きます。買物をしている間に終わっている、という何とも便利なシステムです。

私の車は汚いので、駐車するといつでも勧誘の声がかかる…
「洗車どう?」
大抵は断るのですが、今回は心を決めていたので、
「お願い! いくら?」
「10ポンド」
「え?(と遠くの柱の看板に目を走らせて)でも、あそこに 7.95 ポンド、って書いてあるじゃない?」
「そうだね、でも君の車の汚さを見たまえ、こんなに汚い車には特別な労力が必要なのは当然だろう?」

陽気なお兄ちゃん、こんなこと、本当は許されていないでしょうに、悪びれる様子も無く、押してきます。
確かに汚い、それにチップだと思えば(会社から彼に支払われる賃金は高くないだろうと想像して)…

「分かった、じゃあお願い」

10ポンドを渡し、
「1時間で戻るから、本当にピカピカにしておいてね、ついでに、この傷も消してくれる?」
と、不覚にも数日前に車体につけた傷を指差すと、
「任せておけ、消しておく」
って…

冗談だってば〜!

1時間後。あ〜30分って言えば良かった、と後悔したほど用事が少なく、無駄にゆっくりと時間を過ごした後で駐車場に戻ると、車、汚いまま。

慌てて先ほどのお兄ちゃんを探しだすと、のんびりと誰かの大型高級車を洗っている…

「ちょっと、私の車、まだ汚いじゃない?」
「君、1時間って言ったじゃないか!」
「だから1時間経ちました、って」
「そ、そうか? お願いだ、あと20分くれ、大急ぎでやるから」

大急ぎ? エクストラを払って大急ぎ?

「急がなくていいから、きちんと洗ってください」

そう言って、再び用の無いショッピングセンターへ。本当に用事が無いので、フローズンヨーグルトを買って、一人で食べました。外で一人、アイスクリームの類いを食べたのは生まれて初めてかもしれません。更に 2.40 ポンドの出費。

高くついた洗車でした。

20分後に駐車場に行くと、洗車は終わっていて、お兄ちゃんの姿も消えていました。大急ぎで終わらせて、ランチに行ったに違いない…

ちなみに車の傷は残っておりました。



一年 [生活]

地震、津波から一年が経った。

子供たちの学校がある日は、朝6時に目覚ましが鳴る。ベルが1〜2回なる間に慌てて止めて、間髪入れずにベッドから起き上がるのが日常…
1年前の今日は、異常な鳥の囀りに目覚ましより早く起こされた。時計を見ると、まだ5時45分頃。あぁ、まだ15分あるのに起きちゃった…そう思いながら階下に行き、お弁当を作り始めた。

子供たちを送って帰って来た8時過ぎに、パソコンを開くと、そこには『名古屋 震度3』と出ていた。日本でまた地震、その程度に思った次の瞬間にイギリスの知り合いから電話、「日本で大きな地震があったらしいわよ、実家は大丈夫?」と言われ、「震度3だから大したことは無いはず…」と答えると、「そうなの? もっと深刻だと思うけれど」。

慌ててインターネットでニュースを見直すと、次から次へと信じがたい状況が現在進行形で飛び込んで来ていた。『名古屋・震度3』は、そのほんの一部だったのだ。

地震が起きたのは日本時間で午後2時46分だったと知ったとき、それがちょうど自分が目覚めた時間だったことに気付いた。鳥が異常にうるさかったのは、ただの偶然だったのだろうか…

地震と同時に目覚めた時から眠れない日々が続いた。地震と津波の想像を超える規模、亡くなった方達と残された人々、収拾のつかない福島の原発。生まれて初めて経験する止め処も無い感情の波に襲われて。

その感情の波は徐々に引いていったけれど、心の中には、哀しみと無力感が片付けようの無い瓦礫となって残り、未来への不安が冠水状態で留まっている。

被災された方々、愛する人を亡くされた方々、被災地や原発で作業をしていらっしゃる方々が過ごされたこの一年を、そして未来を、生命の息吹を強く感じさせる春の庭に立って、ただひたすら深く思った。






不惑、家族、そして恩師 [生活]

先日、不惑の誕生日を迎え、不思議と若い頃から楽しみにしていた四十代が、とうとう始まりました。
その記念すべき日、自分達では何も特別な事は企画していなかったのですが、双子の妹姫と私の二人を、家族が祝ってくれることになりました。夫、子供たち、夫の子供たちとその母親、そして妹の家族。
自分の家族の誕生日には、妹姫も私も手作りケーキを用意しますが、家族だけとは言っても大勢が集まる上に時間もない、それに自分たちの誕生日だし…
というわけで、午前中に二人でケーキを買いに出掛けました、好物のタルトを目指して。ついでにぶらぶらとお店を見たり…何でも無い時間でしたが、四十になってもイギリスという国で二人で一緒にいる可笑しさ、幸せを噛みしめていました。
三十代で癌を患って早世した母や祖父を思うと、三姉妹揃って四十まで健康に生きたことの幸運も感じずにはいられません。
午後は家族とのひととき。家がひっくり返ったような騒がしさ、ヒドい音痴バースデーソング、相変わらずの楽しい時間でした。




そして夜。この日は思いがけない歓びで締めくくられることとなりました。恩師との再会です。私に演劇を教えてくださった、この世界を見せてくださった先生。初めてロンドンに連れてきてくださったのも先生でした。その時十九才だった私も今日で四十です、と言ったら驚かれて! 
ロンドンにいらっしゃる間に何度かお会いして、思い出話、演劇の話を心ゆくまで(でもまだ足りませんが)語り合いました。以前と全くお変わりなく、存在自体が芸術作品のような方ですが、話はユーモアに溢れていて…この希有なアーティストと十代で巡り会い、そして偶然にも不惑の誕生日に再会出来たことで、心が引き締まり、新たな意欲が湧いて来るのでした。


テレビ 続き [生活]

前回、子供時代に観ていたテレビ番組について書きましたが、その後どうなったかと言うと、ほとんど観なくなりました。

何故そうなったのか。
1、舞台や映画に足を運ぶようになり、そちらに好みが傾いていった。
2、電子ゲーム等もそうなのですが、やめたときに達成感よりも罪悪感が残る感じ、予想以上に時間が過ぎてしまったという感覚が好きではない。
3、観たいと思わなくなった。子供のときは限られた時間のなかで夢中になって観たのに。

イギリスに来てからは、英語の勉強になるとは思ったのですが、習慣が無くなっていたので全く観ませんでした。ただ、子供3人が小さかった(0、2、3才)時の週末の朝、5時前に起こされて、他の家族が起きて来るまでの9時くらいまでの間、遊ぶ子供たちの側にいなくてはならないけれど、自分のことは出来ない、本を読むほど集中出来る状況では無い…そんな時間にベビーシッターならぬママシッターをテレビにしてもらった事があります。まさに時間つぶし、でも英語のスピードに慣れる手助けをしてくれたような。

で、現在。
スポーツ中継や、DVDで映画を観る時以外はなかなかテレビの前に座ることはありませんが、最近、初めてドラマをシリーズを通して観ました。十数年イギリスにいて初めて。会話をほぼ100%理解出来ることに時の流れを感じた!

人との会話というのは、語学力だけの問題ではない、と痛感する日々。たとえ100%英語が分かるようになっても、その国の人が常識的に持っている知識が無かったり、話題の人の名前を知らなければ、結局、会話についていけない。だから、新聞に目を通す、テレビを観る、分からなくても人の会話に耳をそばだてるということは、大いに勉強になります。特にテレビは、視覚で人を認識する、地方の強いアクセントに慣れる等々、役立つことは沢山ある…とは分かっているのですけれど…

偶然にも、私の周りにはテレビを観る人たちが少ないので助かっています、ふう。

自分の子供たちですが、彼らが小さい時にはベビーシッター代わりにテレビを見せてしまうこともありました。夕方の忙しい時などは特に。

今も禁止にしているわけではありません。ただ学校が本当に遠いのです。宿題をして、夜ご飯を食べて、お風呂に入ったらもう寝る時間、という平日には、時間が余ったら、一緒に音楽を練習したり家族でトランプをしたりと、コミュニケーションに費やしたい。

日本にいるときは、学校が近いので時間もありますから、まずは外で遊んで来たら、という条件付きで、夕方に少しは観ています(お相撲が始まっちゃうと、夫の独断で相撲中継に変えられてしまうのですけれど…)。

テレビそのものが悪いとは思っていませんし、探せば良い番組もあるとは分かっていますが、自分が嫌いになった理由と同じく、子供たちがダラダラとその前に座り続ける図が好きではないかな。

我が子達、日本でもイギリスでも、子供時代のテレビの話題についていけない大人になるのは必至、ごめんなさいね!

ジャップ警部 [生活]

子供時代、どのようなテレビ番組を観られましたか? 自分の子供たちには、週末にDVDを観るのを許しているだけという鬼母、私も厳しく育てられた、というのが言い訳なのですが、思い出したら結構観ていた…(注:日本にいるときは我が子達も毎日観ています、時間があるので)

アニメで記憶に残っているのは、小学校高学年時代に観た『ルパン三世』、『ベルサイユのバラ』、『アタックNo1』の再放送。貴重な時間だったせいか、記憶力の優れていた時期だからなのか、細かいことまで覚えている…そして、刷り込みでしょうか、好みの男性像はルパン三世になってしまって、細身でファニーフェイス、普段はおちゃらけているのだけれど仕事は真面目(泥棒では困りますが)、みたいな人に惹かるように?

当時盛んだった歌番組、ベストテン、レッツゴーヤングなども頭の隅に残っています。『あなたは騒音公害だ』と言われるほど、一緒になって大声で歌っていました。

バラエティー番組は、欽ちゃんは良いけれど、ドリフは駄目、と親の好みで勝手に決められていたため、学校で会話についていけず…いまだに同世代の思い出話についていけず…

そのほかには親の観るものを一緒になって観ていたわけですが、その殆どがクイズ番組。最近のようなバラエティーとの境目が曖昧なものではなく、当時のクイズ番組は真面目にクイズだった気がします。『連想ゲーム』、『ヒントでピント』、『クイズダービー』は毎週のように観ていました。

大河ドラマ、なぜか『峠の群像』だけは通して観て、赤穂浪士について学びました。

と前置きが長くなったのですが、家族皆で夢中で観たものに海外ドラマがありました。輸入物のドラマと言えば圧倒的にアメリカの作品が多かった時代です。

まずはシットコム。小学生低学年で観ていた『奥様は魔女』、中学生時代に観た『ファミリータイズ』、懐かしい…
ヒーローものでは『バイオニック・ジェミー』と無能なスーパーヒーローが主役の『アメリカン・ヒーロー』。
そして探偵もの!『刑事コロンボ』は不定期でしたが、放映があれば必ず観ていました。『ハート・アンド・ハート』は父も一緒に。

本当にここまではアメリカものが占めています。


ジェレミー・ブレットの『シャーロック・ホームズ』、デイビッド・スーシェの『名探偵ポワロ』とイギリスの探偵ドラマと出会ったのはいつ頃だったのか、一緒に観ていたのが妹だけだったような…もう小学生ではなかったのでしょう。

現代的なアメリカのものとは違う独特の画面、それに加えて、本で読んでいた世界が実写になっているという面白さ。日本の文学だったらイメージが違う!となっていたかもしれませんが、何しろ行ったことの無い国の時代物なのですから、違和感の持ちようも無かったわけで、私の頭の中では、そのドラマに出ている役者=登場人物になってしまいました。彼らが他の役を演じているのを観たことが無いのも大きな要因かもしれません。

で、そのまま日本にいれば何の問題も無かったのですが、イギリスに住むようになり、夫の友人は役者ばかりという環境の中で、この人たちと出会ってしまったときの衝撃といったら!

何が衝撃かお分かりですか? やはり彼らはドラマの登場人物ではないんです!(当たり前…)

まず最初が、ヘイスティングス役のヒュー・フレイザー。見た目はそのままだったのですが、何が衝撃だったかって、それは声です。全く違うんです。思わず本人に「声が違う」と言ってしまった私…ドラマは映画と違って吹き替えです。この顔から出て来るのはこの声、と思っているものとまるっきり違う声が出てくると、人はこんなにも驚くのかと我ながら感心しました。発言の意味を説明したら笑っていました。

数年前にお会いしたデイビッド・スーシェに口髭は無く、身体は鋼鉄のように鍛え上げられ、ある意味マッチョ。礼儀正しい物腰にはポワロらしさも感じますが、もっと穏やかで人当たりが良く、温かい感じがしました。勿論、フランス語訛りなど全くありません。

そして先週、ついにジャップ警部に遭遇。この顔…この顔…知ってる…知ってる…あ〜ジャップ警部! 夫と話すフィリップ・ジャクソンは、いつもポワロに出し抜かれるジャップ警部ではなく、子供のことを誇らしげに語る父親でした。そして背が想像以上に高かった!

三人とも、『ポワロ』以外でも活躍されている役者さんです。舞台出身(イギリスの役者さんは殆どが舞台を勉強し、実際に舞台に立っています)の演劇人である三人にお会いしたのは、すべてお互いが観客として来ていた劇場でした。


娘たちの…

夫の長女Jと、我が長女M子のジョイント・バースデー!







先月のクリスマスには家族で集まることが出来なかったので、二人への誕生日プレゼントだけではなく、渡しそびれていたクリスマスプレゼントが行き交っていました。


Maoko Imai

ロンドンでお正月

海外で生活していて何が恋しいかというと、それはお正月です。
家を綺麗にして、身を正して、畏まってお節料理を食べる雰囲気…

そんな世界を妹姫が見事に創り出してくれました。材料等、本当に手に入りにくいのですが、ご覧ください!










素晴らしかった、ありがとう!!!


そして、お正月といえば福笑い。



一番上手くできているのが私のです、ってどれだろう?

Maoko Imai


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