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キリコさんち [生活]

 昨日は友人宅へ夕食に招かれました。招待して下さったのは、ニックとキリコさんご夫婦

 夫が演出した『ドン・カルロス』の振付けを担当したデニーが、私の夫の息子が結婚した相手が日本人なのよ、あなたのご近所だし、彼らの一人息子があなたの息子さんと同い年だから、一緒にハムステッド・ヒースにピクニックにでも行きましょう、と誘われたのがきっかけで知り合いました。かれこれ二年前のこと。

 でね、彼女は漫画を描く人で日本では有名らしいわよ。え〜もしかして玖保キリコさん???
 そうでした。学生時代に読みましたよ、シニカル・ヒステリー・アワー。

 その二年前に我が家で食事をしたのとヒースに行った後は、暫くお互いイギリスを出たり入ったりで会えなかったのですが、最近になってキリコさんが我が家の近くに野暮用ありで、ちょこちょこと寄られるようになり、昨日は私達夫婦が初めてキリコさんとニック宅を訪問しました。

 楽しくて、美味しくて、上質の時間を過ごさせて頂きました! キリコさんの手料理は全て日本食。懐石のように細々と何品も出てきて、あ〜我が家の大皿料理バンバンバン、ってのとは偉い違いだわ〜

 彼らのお友達である、もう一組のカップルも素敵な方達でした。類は友を呼ぶ。


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ポール [生活]

 先週の木曜日に、アメリカからポール・ゴードンがやって来ました。2週間の滞在予定(我が家にホームステイ!)で、夫のJと朝から晩まで創作活動をしております。

 彼はミュージカル版『ジェーン・エア』の作曲家。何度聴いても飽きない私のお気に入りの音楽を創ったその人。その他にも精力的にミュージカルの作曲をしていますが、『ジェーン・エア』の脚本を書いた夫とは常に何かしらの企画を進行させていて、今回も色々とやっております。

 音楽のセオリーは分からん!と公言するこの作詞作曲家は、頭に浮かんだメロディーを口ずさみながら、コンピューターの前やピアノの前を行ったり来たり。そんなこんなしているうちに、素晴らしい音楽が出来上がって行きます。
 
 上手い下手は別として、文章を書く、絵を描く、服を縫う、料理を作る、といった創作は理解出来る私も、作曲は…分からない! すでに出来ている音楽を楽器で弾く、歌うということは可能でも、作曲は…出来ない!

 という訳で、上階で起きている事に興味津々、常に耳をすまして生活しています。

 永遠の少年といった感じの(実際は50代)独身ポール、子供は大嫌いだ〜と常々言っていて、そんな彼が我が家で2週間も過ごせるのか?と疑問だったのですが…
 彼が子供が好きだろうと嫌いだろうと、そんなこたぁ我が子達には関係ありません、一方的になついて飛びついたり抱きついたりしています。戸惑うポールの反応が可笑しくて。
 早起きの子供の声に起こされぬよう、耳栓をして寝ているらしい…準備がよろしくて。


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『レ・ミゼラブル』ウェストエンド版 [観劇]



 行って来ました。

 最後に観たのは確か20周年記念だったので、かれこれ2年前。新しく入ったヴァルジャンを夫が観に行くことになり、
「一緒に行かないか?」
「行く行く!」
となった訳です。

 自分が演じることに決まってからは、他のプロダクションを敢えて目にしたくなかったのですが、公演を終えた今は逆に心底観たくなっていました。

 私が最初にウェストエンド版を観たのは、師匠である坂東玉三郎先生のロンドン公演にお供させて頂いた91年です。
「あれは良いわよ、ぜひ観なさい。」
という先生の一言で行ったのですが、本当に圧倒されました。パレス劇場の客席は想像以上に舞台と近く、役者や音楽のパワーが直に伝わって来たのです。

 次に97年に観た時は、過密スケジュールだった5ヶ月の東京公演を終えた後の余韻もあり、プロローグから涙があふれ、工場のシーン、『夢やぶれて』なんて本当に「泣いて」いました。その時のファンテーヌが、今では私の最も好きな女優さんの一人であるジェナ・ラッセルだったと、彼女のその後の舞台を観ていて気が付きました。素晴らしかった。あの時の記憶が、ファンテーヌという役を私の中で大きな存在、いつか演じたいという存在にさせたのだと思います。

 そして2005年。場所はパレスからクイーンズに移っていました。20周年記念だったその日は、本公演後に特別企画として10代の学生達がダイジェスト版を演じたのですが、初々しい彼らがウェストエンドの舞台で堂々と演じる姿は観客を感動させました。

 で、今回。
 新しく入ったヴァルジャンは、昨年ブロードウェイで大々的に再オープンした際にグランテールを演じたドリュウ。ご存知の方もいらっしゃるでしょうか、『ドリンク・ウィズ・ミー』でギターを弾いていた彼です。
 ブロードウェイでもグランテールの後にヴァルジャンを演じていましたが、ロンドンのヴァルジャン、ジョン・オーウェン・ジョーンズと場所を交換、ジョンがブロードウェイで、そしてドリュウがウェストエンドで演じる事になりました。

 30才に届くか届かないかという(夫が言うので正確とは言えません)若いヴァルジャンでしたが、細やかな演技と信じられないような歌唱力で観客を圧倒していました。彼の歌う『ブリング・ヒム・ホーム』ときたら、もうっ!

 エポニーヌの歌も強かった。

 ウェストエンド版で毎回毎回感じる事は、劇場の親密度。私はバルコニー席(2階席)の前から3列目にいたのですが、役者が本当に手の届きそうなところにいるのです。自然、伝わってくるものも大きくなります。(でも裏が大変、盆自体が日本のものより2メートル近く小さい上に、盆の縁はもう舞台袖で、舞台袖は10センチしかなかった! 盆から走り出てハケたら壁に激突します。早替わりはどこでするの〜?と目を白黒させている私に、演出助手のマリアーノが笑いながら、奈落だよ、クレイジーだろ、と教えてくれました。)

 システムが違うので、大掛かりなミュージカルを小さな劇場で公演する事は日本では不可能だとは分かっているのですが、一度こんな劇場でやってみたいものです!

 写真は、クイーンズ劇場の外側、終演後の女性楽屋(左からファンテーヌのジョアンナ、私、コゼットのクレア・マリー、エポニーヌのカッサンドラ、夫)、ヴァルジャンのドリュウと私、です。
 すっかり観光客な私でした。

 

 

 


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