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ベガーズ千秋楽! [観劇]

 最後の公演でした。また観たい!という子供達を連れて観に行きました。

 前回は初めてだった事もあり、
「声を出して質問してくるから困ったわよ。」
と妹に叱られたので、
「静かにね、声を出しちゃダメよ。」
と言い聞かせ劇場へ。

 温かいお客様に見守られた素敵な千秋楽でした。夫も大満足の様子、ちなみにまだ打ち上げから帰って来ておりません。良いカンパニーに恵まれて何より。

 また再演があるといいですね。

 私達はこれから暫くロンドンです!
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ベビーシッター [生活]

 今日は夫と妹が私の子供達と「ベガーズオペラ」観劇へ。

 そして私は! 妹の3ヶ月になるA君と留守番をしました。
 規則正しい生活をしているA君、妹の置いて行ったタイムテーブルに従ってミルクをあげ、オムツをかえ、散歩をして。
 たった数年前にやった筈の事も忘れていて、やることによって思い出したりしました。

 A君は私の長男のYが赤ちゃんだった頃にそっくりです。母親同士が一卵性の双子ですものね、面倒を見ているうちに自分の子供のような錯覚に襲われました…

 劇場に行った妹姫のS子は皆に私と間違えられたそうです。私の夫と私の子供達と一緒です、間違えない方がおかしいか!

 ラーメン好きの長男は、劇場に行く前に妹(これまた大のラーメン好き)と「はしご」で担々麺を食し、上機嫌で帰って来ました。これは妹と長男の恒例行事になるかな?

 私も甥っ子A君と共通の趣味を見つけようっと。

 
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驚いた! ホッとした… [生活]

 M子の話が続きます。

 今回の事件は買い物中に起きました。妹と赤ちゃん、私と3人の子供達で出かけたのですが、エネルギーの有り余る我が子達には退屈だろうと、買い物場所の中庭のようなところで遊んでいたら、と行かせました。一分も経たないうちに帰って来た子供達、M子は泣いていて…顔は何と血だらけ! 驚いた!!!

 見ると目と眉毛の間がパックリ、血が流れ出ています。滅多な事では病院に行かない、連れて行かないと驚かれる私も、これは…と近くの店員さんに最寄りの外科を教えてもらい、直行しました。そのクリニックにはあいにく外科医が不在でしたが、看護婦さんが見るなり、
「これは縫わないとダメだから、近くの病院の救急外来に行きなさい。」
と。絆創膏を貼り、保冷剤を下さったお礼を言い、病院へ。

 ちょうど救急車が患者を運んで来たところだからと30分ほど待ちましたが、診察、縫合、そして念の為にレントゲン、CTスキャンを撮りと、丁寧に見て頂きました。
 3〜4針縫っていました。見ている私は「痛っっ」と顔が歪みましたが、M子はピクリともせずに頑張っていました。

 幸い、骨にも脳にも異常は無く、ホッ。

 何でも鬼ごっこをして転び、石の壁に激突したそうな…

 クリニックや病院で数回耳にした言葉は、
「女の子だから傷が残らないようにしないとね」
でした。
 男の子だと扱いが変わるとは思えませんけれどね。


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あ〜良かった [生活]

 本当に春ですね。桜がほころび始め、道を歩くと沈丁花の香りが突然鼻をくすぐってきて、思わず微笑んでしまいます。子供達と図書館に行った後に公園へ! 冬には閑散としていた遊び場は人人人で溢れていました。子供を遊ばせておいてベンチでゆっくり寛ごうかな…と思っていると、2番目のM子が
「トイレ行きたい!」
と。別々について行くのは嫌なので、Y子も誘って皆でトイレに向かいます。Y子が先に入るも、
「ママちゃ〜ん、鍵がかからな〜いいい」
鍵を懸命に掛けようとする娘に、
「ここで見張っていてあげるから、鍵はかけなくていいよ」
「わかった」
Y子無事に終え、そしてM子の番。暫く待っていると、
「ママ、出られない!」
「え?鍵かけたの?」
「うん、そうしたら外れないっっ!」
「掛けた反対の方向に動かすんだよ、ダメならガチャガチャして上や下に動かしてごらん、引っかかってるんじゃないの?」
「で、出来ない…」
五分ほど格闘するも無理。こちらからは見えないし、登りなさいと言っても和式で登る所がないらしい。私が登ろうにも外側にも足をかける場所は全くなし。
 大きめの公園なので隣には管理事務所なるものがあるのですが、どうやら今日は無人の様子。そこで書いてあった区役所に電話をかけたのですが、
「は? 困りましたね、どうしましょう?」
とあたふたするばかりです。
「いいです、何とかしてみます。」
そして、
「すみませ〜ん、助けて下さい!」
と、ちょうど男性用トイレから出て来た人に声をかけました。この方がとっても良い方で、M子に声をかけ、一生懸命励まし、隣の個室から覗き込んでどうすれば良いかを教え、そしてとうとう…

鍵が外れました! ニコニコ顔で出て来たM子。鍵を動かし続けた指が痛そうでした。

その間、帰って来ない夫を心配した母子がトイレに来て、
「あんた、女性トイレで何しているの?」
という瞬間も。

「あ〜良かった。このままM子ちゃんはトイレに住まなきゃいけないのかと思ったよぉ。M子〜ご飯よぉ、って三食運ばなきゃいけないかなってさ!」
二人で大笑い。

 パニックしないで笑っていたM子を頼もしく思いました。

 夕方には一ヶ月ぶりで夫が帰って来ました。楽しい一家団欒、夕食は一段と美味しかったです。


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経済は難しいけれど [生活]

 大変な事になっています。サブプライムローン、株安、急激な円高…次から次へと一体どこまで行くのでしょう?

 経済は実態が無くて難しくて(って専門家でも予想の範囲でしか語れないようですが)いくら説明されても釈然とはしませんが、ただ、ガソリン税に関しては「え?」と思う事が有ります。

 まず、日本のガソリンは安いです。以前に比べれば高いのかもしれませんが、私が最後にイギリスのガソリンの価格を見た1月頭は確か1リットル1ポンドを超えていました。その時の1ポンドは240円ぐらいですから、高い!と本当に思いました。
 確かに税金の使い道はいい加減のようですが、税金を無くして今以上にガソリンを安くする事は時代に逆らう気がします。車を使う企業にとっては大きな問題でしょうが、地球の存続、この先人間が生きて行けるかという問題の方が大きいというのが、ヨーロッパでの今の考え方。数日前に書いた欧米の論理的なところ、合理性はこういう時に力を発揮していると思います。

 あるニュース番組でドイツのガソリン税についての紹介がありました。以前は日本のように道路を作っていたそうですが、ガソリンの値上がりと環境問題を真剣に考えれば、車の使用は減り道路を作り続けても仕方が無いと、税を道路特定財源ではなく一般財源として年金に回しているそうです。ドイツも少子高齢化で年金問題が大きくなっていたからです。

 日本は義理人情の国、しがらみや何かもいっぱいありそうですが、環境の事は真剣に考えて欲しいと思います。道路も作り続ける必要は…? 車を必要以上に使う事も…?

 ドイツに関してはもう一つ。毎日山のように捨てられる食物を集めて料理し、格差が広がり増える一方の失業者にタダで食べてもらうという。素晴らしいですね。

 日本でも考えている人は沢山いるのだと思うけれど、これを書いている私を含めて腰は重いし、活動を始めても手続きだぁ許可だぁで物凄く時間がかかりそうです。ちょっと合理性を分けて欲しいと思う瞬間です。
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散歩 [生活]

 あまりに気持ちが良いので、散歩をして来ました。春物を着て出かけたのですが、それでも汗をかくほどでした。表参道、原宿の裏道、そして気付いたら渋谷に…この辺りでも、ひとつ路地を入ると古い一軒家なんかがあって、ふと懐かしい光景がみられます。

 天気の良さに、店も入口のドアを開け放しています。気になる店を覗いてみると、店員さんも朗らかに話しかけてきます。暫く話していて、普段はロンドンに住んでいると言うと、
「そうですか、道理でアクセントが違いますものね」
って、私は純粋な日本人だよ〜〜〜〜〜っ! しかも言葉を使う職業なのに〜〜〜〜〜っ!!! ショックでした。
 夫や夫の子供達と店やレストランに行き、当然のように日本人の私がオーダーをしたのですが、全然違うものが来ちゃって、日本語能力を疑われたこともあったなぁ…何だか悲しい…

 Y子の幼稚園のピックの後はそのままお友達の家へ。最近はそうして誰かしらの家へ行き、気の置けないお母様方とお茶をすることもあり、ロンドンではあり得ない(バス通学なので)時間の過ごし方を楽しんでおります。



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『春琴』そして『ベガーズオペラ』初日 [観劇]

 またまたご無沙汰でした。

 先週は大阪から帰って来た乞食達に誘って頂いてサイモン・マクバーニーの『春琴』を観に行き、昨日はその乞食達の一日限りのオペラを日生劇場にて観て参りました。

 前者は英国人が日本文学を、後者は英国人が英国の作品を演出したものです。ロンドンでもいくつか舞台を観て来て改めて思うのですが、どんな手法をとっていても(サイモンの演出はかなりフィジカルなものなのですが)構成が論理的なんですよね。装置や照明、全てがある意図を持って為されているという…

 本当に文化の違いを感じます。日本は抒情的で物事を(特にアートの世界で)論理的に構築したり分析したりしないですよね。私も日本人なので、絵や文学、演劇の話をする時に、あまりに細かく分析する事には抵抗を感じます。

 以前、ある英国人と日本の俳句について話していたとき、
『静けさや 岩にしみいる 蝉の声』
を例に出してみたのですが… 
「その岩はどんな岩だ?」
とその人。
「さあ」
「大きさ、色、それが分からなければ理解出来ないだろう?」
「でも私は見た事が無いから…それに、それは自由に想像すればいいと思う、この俳句は誰もが心に持つ夏のイメージに共鳴するのであって、そのイメージが詠んだ人が見たものと絶対に一緒でなくてはならないとは思わないし」
「で、何が言いたいんだ、その俳句は?」
「よんだそのままで…」
と、論理的すぎる彼にそうでない理解の仕方を示そうとすると、真面目に怒りだしたので更に驚く私でした。

 勿論、そうしたオリエンタルな性質に惹かれ理解を示す人も沢山いるのですけれどね。

 夫と『千と千尋の神隠し』を見ていた時も、
「何故、湯ばあばの頭が大きいんだ?、この赤ん坊の体が大きいのは何の象徴なんだ?」
って、心理学者だったら喜んで答えてくれそうな質問を次から次へと。
「ま、答えがあると思ってみる人にはあるのかもしれないけれど、私はそういう見方はしないし、創った宮崎さんもそこまで論理的に考えていたのかは分からない…」
なんて会話をしたのを覚えています。

 ってここまで書いたら、皆さんも私が少しは論理的にものを考えているとお気づきかしら。でも違うのですよ、西洋の論理とは!

 話がとんでしまいましたが、この二つの舞台から感じた事は
「面白かった」
ということ、論理はございません?!


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