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花、花、花 [生活]

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母の日に母を想う [生活]

 今日は母の日でした(「ご無沙汰です」や「お久しぶりです」はいつものことなので省略…日本に来てとっくに一ヶ月は過ぎている…)。

 とは言ってもアメリカバージョンの母の日。イギリスでは三月の第二日曜日が母の日なので、もう既に我が家では終わっていることになっています。二度も「ありがとう」を言われるほどのことはしていないので、「ほっておいてね〜」と。

 でも朝起きて来て子供たち曰く、
「母の日おめでとう!」

「おめでとう???」

 娘二人は昼食後、お友達のご家族に『パンダ屋』さんに連れて行って頂くことになっていたので(かなり前から計画を立てて心待ちにしていました)、私は夫と息子を誘って、大好きなブリヂストン美術館へ行くことにしました。

 父親と母親に連れられて自分だけなんて、一人っ子になった気分でしょう?と息子に聞きながら、ふと気が付きました。

 最初にブリヂストン美術館に来たとき、珍しく子供は私一人で(姉と妹はいなくて)母と祖母の三人…それ自体が特別なことだったのに、美術館を出た後に近くの千疋屋でお茶! 外食自体を殆どしない家だったので、これは私とって罪悪感を覚えるほどの贅沢でした。
 その時の会話は未だに耳に残り、今見て来た絵について自分の感想を言う母の顔は目に焼き付いて、はっきりと思い出すことができます。

 母の日に母の事をこんな形で思い出したことが嬉しくて、夫にこの話をしたら、
「その千疋屋に行こう!」ということになり、順番はあべこべですが、我が家は花よりだんご?系でまずは腹ごしらえ。

 美味しいサンドウィッチをつまんだ後で、いざ美術館へ。

 やはり好き! 質の良いコレクション、程よい大きさ。

 祖母は素人の絵描き(確か60を過ぎてから習い始めたと聞いています)、母は美大を出た才能豊かなアーティストだったので、絵や画集に囲まれて育った上、何かと言うと
「これ、皆でスケッチしましょう!」
と写生大会が始まる環境だったので、絵は見るのも描くのも大好きでした。

 私は、絵と言えば日本画ではなく西洋画、音楽も邦楽ではなくクラシック、日本舞踊ではなくバレエやそれに続くモダンダンス、演歌ではなくポップス、邦画ではなく洋画を身近に感じる世代です。今は揺り戻しが来ているような感じがしますが、私の世代はそうでした。

 でも、やはり私は日本人。いくら近く感じても、自分のものではありません。

 ヨーロッパに住み、絵ばかりでなく、あらゆる文化に触れるにつれ、その全てにギリシャ神話やキリスト教がいかに多大な影響を与えているか感じない日はありません。音楽、文学、建造物、教育。
 そうした文化に囲まれた人間が持ち合わせてる感覚、道徳的価値観、それは絵画に向かう時に必要なものでは無いけれど、あるのと無いのでは受けとめ方は違うと思うのです。

 西洋画にはギリシャ神話や聖書の一場面が描かれている事が多く、大きな物語性がある上に、イコノロジーと呼ばれる概念に代表されるように、絵のさらに奥の意味を探ろうとする学問まであります。

 絵は絵として見る事しか出来なかった私は、解説を読む事もイヤホンガイドを聞く事も拒み続けて、好きなものは好き、嫌いは嫌い、と。
 その絵がどれだけの意味を持つかなど考えた事はありませんでした。

 それが数年前、宗教心からではなく読まないと話にならないからと、ギリシャ神話や聖書を読んだら…ちょっと変わりました。場面が分かる事によって興味が湧いて来ることは、やはりあります。

 と同時に分かったのは、それでも絵の好き嫌いは影響されないという事。そして、その好き嫌いは文化的背景が関係していない訳では無い事。

 ブリヂストンに戻ると、ここには宗教を描くということから解き放たれた時代以降の西洋画が多く、好きな絵が多いのもそこに理由があるかな、と改めて思ったのです。

 日本人は本当に印象派以降が好きだ、と少なからず揶揄をこめた言い方をされることがありますが、理由はそんなところにあるのではないでしょうか。印象派自体、日本の芸術に影響を受けているのですから、当然の結果かもしれませんが。

 母の好きな絵はこれだったな、この画家は嫌だわ〜と言っていたな、などと思いながら、夫と息子と素敵な時間を過ごしました。

 帰りに再び千疋屋が目に入り、母の大好きだったフルーツサンドウィッチを何度も買って、闘病中の彼女を喜ばせようとしたことを思い出しながら帰途に着きました。